すべて真夜中の恋人たち

またいろいろ忙しくなってきたので自然と読書の時間が増えてきました。

校閲という仕事がどんなものか、原稿から一冊の本が出来上がるまでのプロセスで関わる人たちについて少し知ることができた。
ストーリー全体としてはあまり起伏もなく驚きもなく、つらつらと続いてすっと抜けるように終わっちゃった。

主人公はほとんど喋らないし気弱でまじめでつまらない性格だからあまり好きにはなれなかったな。
その点、出てくる友人はみんな(といっても2人くらい)よく喋る。
渡鬼並みの長台詞で、しかも結構面白くて、魅力的だった。

特に気に入ってるのは、聖のこの台詞

「ある鈍さからくる発言とか考えかたには、ときどきぞっとするほど気持ちが悪くて凶暴なものが潜んていることがあるのよ。わたしはその鈍さにたいしてどうにも我慢できなくなることがあるの。どうしても我慢できない。それにね、その後輩はまだ素直でよかったわよ。根っから素直なのはいいことだわよ。心がなごむもの。それで生きていけるんならそれでいいわよ。でもね、ほんとうに質が悪いのは、そういうことをぜんぶわかっているくせに、保身のために粛々と演技してるやつらなのよ。権力とか名誉とかそういうのがほんとは大好きで大好きで欲しくて欲しくてたまらないくせに、そんなこと考えたこともないって顔して、そういうの、ほんとうのわからないんですって態度で、男の自尊心とか優越感をぜったい脅かさないように用心深く立ち回ってるやつらなのよ。それで、自分だけはぜったいに損しないように注意深く生きてるの。ぼおっと生きてるふりして、そのじつこれ以上はないってくらい目を光らせてね。もちろん自分に似た感じの、自分のポジションをちょっとでも脅かす可能性のある若い女の子なんか入ってきた日には徹底的に潰すわよ。即座にね。そういうのは容赦ないのよ。わたしそんなの厭っていうほどみてきたんだから。でもね、それもいいわよ、生き方だもの。でもわたしが厭なのはね、その自分のちゃちい演技が誰にもばれてないって信じこんでる、そのあまりにもナイーブなところなのよ。女が『女ってこういう感じでいればいいんでしょ』って男を舐めてるつもりで女を舐めてるそういうとこよ。そういうのせんぶひっくるめて『大丈夫、うまくやれてる』って信じきって安心していられるーーーわたしがどうしても許せないのは、そういう鈍さなの」

物語に直接関わってくる話ではないんだけど、すごく印象に残っていて、「スロウハイツの神様」に出てくる環を思い出した。
この感じ、わかるかなあ。
結局、印象に残るのはこういう強くて芯があって、よく見ていてよく気付いてよく喋る人なんだよね。

こんな人、実際はなかなかいないもんねえ。


一方ほとんど台詞のない主人公は心のなかの描写がたくさんあって、いろんなことを考えてはいてもそれをなかなか言葉にできない不器用な女性として描かれていた。

三束さんという男性と少しずつ距離を縮めていく中で、この描写はすごく好きだった。

テーブルのしたで足がぶつかることがあると、ふたりとも競うように謝りあい、それからしばらくのあいだ黙りこむのだった。そんなことは何もかも、もしかしたら他愛のないことかもしれなかったけれど、わたしたちはお互いにお互いを構成するものをすこしずつ交換しながら、わたしは三束さんの記憶につまさきをそっと入れてゆく思いだった。